2012/10/22

10/22 アバーナ(こどもたち)

今朝のこと

学校までの道をいつものように歩いていると、
幼稚園の子どもが振り返るなり私に気付いて

トコトコトコ

って近くに来た。


マラムーツェ(おはよう)

って挨拶をして。

恥ずかしそうに、

まらむーつぇ(おはよう)

って返されて、


手を伸ばしてきた。



手を繋いで一緒に学校まで登校


すっごくかわいい。




そして、近所の子ども達

「いつ絵を書くの?」っておねだりをされて、紙とクレヨンを用意。

作品が完成したら、

「写真とってよー」ってまた、おねだり。



思わず、吹き出してしまう出来事
微笑ましい



2012/10/18

10/18 生徒達はここで寝ている

生徒達の寮の中(写真は男子生徒の寮)

一つのベッドに2人で寝ていたりもするそうだ。




ちなみに、私の使っているベッドも2段にはなっていないが、同じもの。
だって、学校にある教員の寮ですから。




2012/10/15

10/15 帰国3ヶ月をきって

帰国日がきまった。

1月4日に日本到着

あと、3ヶ月しかルワンダにいないんだ。なんて思うと、
何を書いたら良いのかが分からなくなってしまった。


きっと、
この普段の生活が、
普通じゃなくなってしまうんだろうなーって。


毎朝、赤土の道をほこりにまみれながら学校に行ったり、
お昼ごはんで家に帰るときには、プライマリーの子ども達に「あやー!」って呼ばれたり、
夕方、先生方と食事に行けば、料理が出てくるのに1時間かかる事なんて当たり前だし、
お金を払おうとすると、レシートの計算が間違っていたりして。
(わざとじゃなくて、本気で)


ルワンダの人たちに、

「日本にいつ帰るんだ?そしたらいつルワンダに戻ってくるんだ?」

って言われて、

お金だって、
距離だって、
時間だって、

簡単に都合がつけないと思うと、

切なくなる。



10月13日、学校では創立記念式典が行われた。






ミサ




学校に戻ってきてお祝い





一部の生徒達は講堂で食事




出されたお弁当を食べて





午後の式典(ルワンダダンス)




2012/09/23

9/23 Science Festival & Science Competition

先週
ルワマガナという場所で、Science Festival をしてきた。

ルワンダの協力隊員が様々なサイエンスショーをするというもの。





そして昨日、
Science Competitionにいってきた。
これはKOICA側が企画したもの。

ルワンダの5カ所で同時に競技が行われ、
南部県では私の学校を含めて7校が選ばれた。


競技内容は、
・ペーパー試験(物理、生物、化学)
・プレゼンテーション
・エアドロップ
・ブリッジコンテスト
・ペットボトルロケット

午前中、
試験とプレゼンが行われ、
ほかの種目は午後に使うそれぞれの競技物を作っていた。


ブリッジを作成中
(KOICAのユーヨン&生徒)


エッグドロップ





午後の競技で、ブリッジにおもりを乗せているところ



生徒たち



結果は




プレゼン競技に参加した、3人の生徒


プレゼン1位
ペットボトルロケット1位
化学の試験2位

の成績



頑張りました^^






2012/08/08

8/8 頼みますよ!!

メールの題名が「頼みますよ!!」

作新学院の先生から送られてきたのだ。

即座に、

やばっ!

依頼されていた、日本の学校(作新学院)の冊子の原稿依頼の件!?
期日、過ぎたっけ!?

って焦ったが、そうではなかった。



 硬式野球部が日本時間の8/9(木)8:00~の第1試合で,
長野県代表・佐久長聖高校と対戦します!
 萩野の時と同様な念を送ってください!!


 




そんなわけで、


みなさん!頼みますよ!!
甲子園!
作新学院への、強い念を送ってください!

8/7 首都のKigali&村のSave


日本からの先生が、
見たもの、
生徒達に伝えたいと考えてとった行動。



私が1年以上すんだここルワンダの、新しい気づき。
一緒にいたからこそ、分かったもの、考えたもの。


2人が何を記録として写真におさめたのか?
写真を共有したので、そこから改めて新鮮に感じる部分もある。


ブログが長くなってしまったが、読んで頂けるとありがたい。
写真だけでも、おもしろいかも。



>1日目(到着日)
*首都Kigali にある布屋さんへ

カラフルな布がたくさん
街には原色の服を身にまとう女性達
黒い肌にとてもキレイに映える

ここで、アフリカの布を購入。
生徒達に着せるんだって^^





>2日目
首都から私の任地である村のSaveへ
”ルワンダで起業を”と日本から来たお二方も一緒に。



*地方行きバス乗り場(at Nyabugogo)
バスの前には目的地が書かれたパネルが記されている。
バス会社、行き先ごとにバスの定位置は決められている。
ほとんどが時間通りに出発する。
⇒OV(元協力隊員)から、organizeされている!!!すごい!とお褒めの言葉を頂く。












*バスの中から見えたもの
区画された水田、これもすごい!とのこと。




*Save(任地、サーベ)で見たもの
①ルワンダは自転車が多いと言われた。

自転車タクシー





近所の子ども

②水汲み
OVから、「モザンビークで水汲みは、女性と子どもの仕事だったー!」
男性は水汲みをしないらしい。

ルワンダでは、男女、大人、子ども関わらず水汲みを行う。
他の国ではどうなんだろう?




③土壁の家
レンガ造りの家もあるけれども、土壁の家もある。




③アフリカらしい?



④スーパー




④サロン



⑤防犯対策




*近所の子ども達と交流がしたいと
ー浴衣、よさこいの着付け
ーおりがみ
ーサッカー?
をした。














*子ども達への質問
ー夢はなに?大きくなったら何になりたい?

日本の中学生に伝えるのだといっていた。
また、生徒から調べてきて!と調査依頼もされていた。



Saveの子ども達の多くは「先生になりたい」って。


子ども達への質問のとき、協力してくれた私の学校の先生、ヴェンサとピータと共に食事をした。



また彼らは、ルワンダの教育について答えてくれた。







村を出るとき、ヴェンサの子ども達といっしょにバス停まで。





























2012/08/06

8/6 東京の先生、来た。

いま、ルワンダのセカンダリーの学校は、ターム休み。

いま、日本の学校は、夏休み。



その休みを利用して、日本から中学校の先生がルワンダに来てくれた。

JOCV(協力隊)のOGも参戦。その女性は協力隊後、JICAの市民参加協力の窓口(コーディネーター)として働き、国際理解教育ファシリテーターとしての経験が豊富な人。



1日の終わりにはみんなでノートとペンを持ち、振り返りの時間を作った。







東京の中学校で先生をしている女性に、帰国直前の数分を頂き、インタビューを行った。



〜ルワンダに来た動機ってなんですか?〜

・今度、地理でアフリカについて教えることになった。自分自身がアフリカのことをよく分かっていないし、54カ国もあるのに一つひとつの国についてイメージが無かった。

・ルワンダというと虐殺の印象が強かったが、調べてみると今は女性議員が多いこと、治安がいいと知りとてもビックリして、この18年間で何があったのかと感じることができればと思って。



〜ルワンダ、どうでした?〜

(ルワンダに来る前は、コワイと言っていた)

・人々が親切。子ども達もなつっこい。アフリカに対して遠いイメージだったが親近感が湧いた。

・日本の教科書に載っている”ルワンダで虐殺があった”という一行では表せないものがあった。18年間の苦労や人々が抱える今現在の葛藤や取り組みを知り、また、現地で働きサポートする日本人にお会いすることができて、ルワンダという4文字の中に重みを感じた。

・女性がオシャレでキレイだった。




〜やりたいことはなんですか?〜

・日本に帰って、アフリカ・ルワンダについて教えたい。

・また公民の国際理解教育の授業で、ルワンダを舞台にして日本人の方々のインタビューを紹介し、自分たち(生徒)が世界とどのように関わっていけばいいのか?と考えさせるような授業をしたい。



〜日本の子ども達にメッセージ〜

・「自分で見て聞いて」ということが大切だと感じた。

・教科書の写真や文は一部分で、人と触れて感じることってすごく大きい。

・大人になったときに興味あることに自分から進み、感じ取り、
それが世界に関わることであったら社会の先生として嬉しい。





熱くて、生徒想いのいい先生。

ファシリの勉強にもなった。

またまた、私の大好きな2人です。



さて。


私たちが過ごした1週間とは?

振り返りの中で、発見した
ルワンダでビックリした「気づき」、
なんで?って思った「疑問」、
もやもやとする今後の「課題」とは?


今後のブログで伝えますね。